峠よもやま話

 5.峠地名考(2)    更新 2003.9.21   


 ■地形による命名

峠道や峠付近の地形によって峠名が命名されるケースである。漢字にとらわれず、音によって地形を指している場合があるので注意が必要だ。


 ■ウシクビ      :牛首峠牛首峠
(峠近くの山容が牛首状をしているために付いた名ということだが、牛首状の山とはどんな山なのか?)
 ■ウマノセ      :馬背峠鞍掛峠鞍掛峠
(左右が切れ落ちた谷間となっている尾根筋を呼び、クラカケとも呼ばれている)

 ■ウト         :善知鳥峠(うとうとうげ)うとう峠うとう坂宇津ノ谷峠
(関東地方に多い地名で、著しく中凹みの地形で、両側の高く切り込みたる路、切り通しのこと)
 ■オッタテ       :折立峠折元峠
(尾根の先が切断されたように直立して谷を覗いている所、尾根の突起、岩の乱立状態など)

鞍掛峠


 ■地形による命名

 ■サタ         :薩捶峠(さったとうげ)、佐多岬
(サタは沙汰で、地獄の沙汰も・・・のように神の意思が支配する所、転じて境目、突出した地形とでもいう意味)
 ■タシロ        :田代越
(山中の地糖あるいは湿地をいう信州ではタンボ、越中では田という)
 ■トッサカ       :遠阪峠
(俗に胸突き八丁などと呼ばれる地形に与えられている)
 ■ヌタ         :仁田山峠野田押峠
(猪などのヌタ場から来た言葉で、山中の湿地の意味)
 ■フド          :富土野峠不動峠ぶどう峠?
(ホド、すなわち陰部と同義である。2丘陵の間から小川が流れ出して耕作民居に適する場所)
 ■ワダ         :和田峠日和田峠
(谷と同様の地形で、山の根元にほぼ三角形に湾曲して入り込んでいる地名にクマやツマなどがあるが、ワダはその湾曲が少なく、内側に弓なりになっている地形)


 ■植物の名を冠したもの

日本は南北に長く、高低にも富んでおり、また四季の変化も著しいため、植物の種類が多種多様である。そして古代人は原生林の樹木を崇拝対象にしていたために植物、特に樹木の名前の峠が多いようである。しかし、日本を代表する照葉樹林帯の木が少ない。シイやカシは崇拝対象にするには身近すぎたのだろうか?

■サクラ(落葉広葉樹)      :桜峠桜峠
■ブナ(落葉広葉樹)        :ぶな峠ブナオ峠
■ツバキ(照葉樹:常緑広葉樹)  :椿峠椿坂峠
■シイ(照葉樹:常緑広葉樹)    :椎坂峠
■スギ(常緑針葉樹)        :杉峠杉坂峠杉ノ木峠
■マツ(常緑針葉樹)        :松の木峠一本松峠
杉坂峠


 ■動物の名を冠したもの

動物については運搬の用を為す牛馬が中心となっている。

■ウシ   :牛首峠牛形峠
■ウマ   :馬坂峠馬越峠
■イヌ    :犬越路峠
■ネコ   :猫峠
■イノシシ :猪ノ子峠
馬越峠


 ■地名(固有名詞)を付けたもの

我が国の峠名の8割がこれに該当すると言われる。
用いられる固有名詞は、山名、河川沢谷名、集落名などである。中でも河川沢谷名による命名では、この命名によってその峠がいずれの水系から開発されたかを暗示する資料となる。すなわち河川沢谷名の付いた峠ではその水系に属する方向から開けた場合が多く、峠の表がその水系にあるとみなされる。

■峠名と一方の水系の名前が同一  :小野谷峠

集落名の付いた命名は数において一番多い。
峠の最初の利用は峠を隔てた2集落の交流から始まった。目的は峠ではなく、相手の集落である。よって峠を越えて相手の集落へ行くということが、相手の集落名と峠とを一体化したものと思われる。このことは我が国の多くの峠が、同一の峠をそれぞれ相手集落名で呼んでいることによって示されている。


■複数の名前が付いている      :大平峠(木曽峠)坂折峠(福地峠)

このように峠には幾つもの呼び名があるケースが多いが、2集落間のパワーバランスが拮抗しているときは、お互い相手の集落名を付けて、通じ合っていた。しかし、この均衡が破れたときにはアクティブ側からの名を冠するのが通常となった。すなわち、より早く開けた方向から開けない地方への文化の移動を示すものとして峠名が確定するのだ。これを柳田国男は「峠の表裏」という言葉で表現したのである。
大平峠(木曽峠)
坂折峠(福地峠)

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