初矢峠(はちやとうげ) 630m (1998.10.12、2004.4.11)  2.5万図  峠地図参照

下呂市乗政−下呂市初矢−下呂市小川
東山道支道(飛騨南街道および南北街道)の峠である。国道41号線が通っている飛騨川沿いのルートは400年前に金森長近が開いた。しかし古代律令制の頃に開かれた東山道支道は金山から火打峠執幣峠久野川峠竹原峠初矢峠を越え、下呂で国道41号線のルートに合流していた。

竹原峠から下りてきて、竹原の集落から遊歩道と車道の両方からアクセスができる。両側にお墓が並んだ殺風景な所が峠のように見え、2つのアクセス路が合流するのだが、峠はまだ先である。
竹原(10:55)


そこから150mほど進むと、江戸時代初期のものらしい石畳が残っており、その入り口に由来を書いた看板がある。情報が多すぎるので、そのまま掲載させてもらう。しかし、ここにある石畳って貧弱すぎない?
鎌倉街道と書かれた門(11:57) 石畳?
解説の看板



で、前に来たときはここで引き返した山道?を我慢して辿ってみた。すると初矢の集落らしき場所の上方を通り過ぎると、本格的な石畳が現れた。
初矢付近(11:26) 初矢峠の石畳 初矢峠の石畳



それは幅2m長さ80mの本格的なものだ。桧や杉の試験林の中をまっすぐ登っている。勾配はけっこう急でまっすぐ、ほとんど峠直下まである。し、しかし・・・石畳の看板の写真をよく見ると「はつや」ではなく「はちや」であった。地名にうるさい私としたことが・・・
「はちや」ということは東濃地方に多い「へぼ」(蜂の幼虫を食すもの)取りを表すとか、村八分の「はち」とか・・・色々考えられるが結局わからない(--;)
石畳の看板 石畳の看板



石畳が終わる所に旧道峠らしき所がある。ところがその先は新しく造成したようなダブルトラック道だった。そして右方へ下りた試験場の先に初矢地蔵があり、そこから下呂市中心部に下る道が出ていた。
初矢峠(11:43) 林道の峠?


下呂から笹峠を周回して苗代桜の和佐まで戻るつもりであったので、迷わず林道を選択。急坂を駆け下りて、国道41号線へ出た。温泉街まで下りていくには写真の初矢地下歩道橋を潜っていけば良い。
国道41号線、初矢地下歩道橋(12:10)

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