御母衣峠(みほろ) 695m (2000.8.9、2004.6.5) 地図

岐阜県高山市久々野町久々野
久々野町の中心部、久々野小学校にあった飛騨街道(河内路・宮峠通)の峠である。「飛騨の峠」の中に収録してある久々野町の地図に記入してあった。

久々野は飛騨川と無数河川(むすごがわ)の合流点にできた町である。飛騨川が町の外れで牛臥山とシゲ島山との間を鋭く削っているため、飛騨街道は牛臥山の尾根の鞍部を乗り越さねばならなかった。それが御母衣峠である。高山本線の久々野駅が町の中心部から外れた御母衣峠の反対側にできたために、御母衣峠付近も現在では市街地化している。
久々野の国道トンネル(14:30)(685m地点)



宮峠から下りてきた国道41号線は久々野町をトンネルでバイパスする。しかし御母衣峠へはトンネル付近から坂を登る。坂といっても久々野小学校への登下校路であるから、学校の裏門?へはすぐ到達する。そう、峠は現在久々野小学校になっている。
位山弘法堂の石碑と久々野小学校裏手 久々野小学校正門(14:30)



(久々野小学校)からは町の中心部・橋場地区と舟山が眺められる。そして小学校の並びには久々野で初めてできた学校・御母衣学校の記念看板が設けてある。ということで、御母衣はこの辺りの地名だったらしい。
御母衣学校の記念看板と舟山旧国道より 御母衣学校の記念看板と御母衣坂(14:42)



御母衣学校の記念看板から街道は橋場地区へ下る。ここにある急坂を御母衣坂という。御母衣坂を下ると、街道は旧国道を横断し、左に牛臥山を見ながら進むと秋葉様が祀ってある。そのあたりで旧国道に合流し、位山峠から流れてきた無数河川(むすごがわ)を渡った後、現国道に合流する。
小学校から御母衣坂を下る 旧国道と街道の合流点(14:46)