矢ノ川峠(やのことうげ) 800m (2003.1.12、2005.5.15) 2.5万図

三重県尾鷲市矢ノ川−熊野市大又
尾鷲市と熊野市を結ぶ国道42号線の旧道峠(評議峠・小阪峠・矢ノ川峠)のひとつである。熊野古道のかわりに車馬も通行できるよう1879年(明12年)に完成した道が国道170号線になり、42号線へと昇格した。

長くて厳しい峠として雑誌などでも先輩サイクリストに恐れられていたというのだが、1968年(昭和43年)に矢ノ川トンネル、大又トンネルが完成し、旧道になってから熊野市側の橋が落ちたりしていつの頃からか通過不能の峠になってしまった。

2003.1.12には熊野古道探索のついでに峠まで行っただけで引き返した。当時はどうせ通り抜けできないと思っていたからね。でもネットのお友達がけっこう突破されているので、あらためて行ってみることにした。
       橋の手前から旧道へ入る(10:15)



分岐にはいまどき珍しい公衆電話が設けられ、進入注意の看板がある。しかし旧道に入ってみると中電の巡視道があったり、旧矢ノ川峠保存会の旗差しモノがあったりして案外良い道に見える。しかし間もなく素堀りのトンネルが出現。トンネルは都合5つほど出てくるが、不気味には違いない。
旧矢ノ川峠保存会の幟 素堀りのトンネル(10:32)
コンクリートトンネル(10:39) だんだん不気味になる(10:42)
路面も不気味(10:45) 矢ノ川隧道(11:12)



最後のトンネルは赤煉瓦造りで「矢ノ川隧道」の名前が読みとれる。しかしこの風景は廃線跡みたいで妙に懐かしい。トンネルを抜けると分岐があった。三木里へ下る林道八十谷線との分岐だ。矢ノ川峠へは標識にしたがって左へ辿る。方位からは反対のようだが、道が矢ノ川隧道の上をループして登っていくからである。

地形的には稜線に出てるので、すぐに峠に着きそうに思えるが、ここからが結構長い。道から峠の鞍部が見える。テレビ中継局の左側が峠のようだ。
林道八十谷線との分岐、峠へは左へ(11:15) 峠と中継局



尾根道の途中から海が見える。三木里である。熊野古道伊勢路最大の難関、八鬼山九鬼峠三木峠から降りていった所である。それからの道程は急勾配はコンクリート舗装、緩傾斜はダートという忍の道であったが、12時過ぎにだだっひろい峠に到着した。
三木里の風景(11:41) 矢ノ川峠(12:10)



峠には「冬の日の ぬくもりやさし 茶屋のあと」なる小さな句碑が建っていた。稲田のぶへ眠るなんて彫ってあるから墓碑銘のようにも思える。矢ノ川トンネルがなかった旧国道時代には、ここを路線バスが通っていたという。稲田のぶへさんはそんな時代に峠で茶屋を営んでいたらしい。トンネルができて客が峠まで登ってこなくなった頃、茶屋でひっそりと亡くなったとか・・・・合掌! 昼食をとって早々にスタートする。
句碑の前で 矢ノ川峠出発(12:38)



はじめこそ乗れたが、だんだん落石が酷くなり危なくて乗れなくなった。そして第一崩落地点。ここは余裕で突破(^^;)
すぐに乗れなくなる(12:41) 第一崩落地点(12:45)



そしてどこの廃道峠道にも出てくる廃車両がある。いつから放置してあるのかわからないが、困ったもんだ。

さらに第二崩落地点が出現。今度は道全体を覆い尽くしているし、崩落の真ん中はさらにえぐれているので、自転車を上部に担ぎ上げて突破せざるを得ない。まあ、こういうシチュエーションを想定して山靴を履いてきてるので躊躇なくトライできるが、ビンディング靴では怖いだろうなあ。
放置廃車両(12:51) 第二崩落地点(12:52)



第三崩落地点は大したことはなく、突破。「大又−矢ノ川峠30分」の道標を過ぎると、石造りの水準点?があった。地図にも載ってないものなので、わけがわからない。
第三崩落地点(13:12) 謎の水準点?(13:15)



そしてで・で・で・出た!橋桁の落ちた橋である(~_~)。こんなのは廃鉄でしかお目にかかれない。冷静にルートを探すと上流側に斜めに降りていけば谷底へ行けそうである。自転車を杖代わりにズリズリ降りてから写真を撮り、対岸に上がった(ー_ー)
落ちた橋(13:16) 谷底から(13:19)



しかし、このルートは自然にできたものなのか?その真実は2年後に判明した。

2007年3月から廃道・旧道探索家へなりさんのサイトで矢の川峠のレポートがこれでもかというほど長々と書かれてきた。そしてつい先日、この落ちた橋のところまで話が進み、その内を読んでビックリした。なんと、へなりさんは同行したロリエさんとふたりでこのルートを応急工事で作り、オートバイで谷底まで走り、向こう側へ駆け上がるという快挙を成し遂げられたのであった(詳しくはORRの道路調査報告書、矢ノ川峠(37)以降が詳しい)

このルートを作られたことも驚きだが、私を含めた自転車系のお友達がこのルートの恩恵をこうむっていたこと、そして何よりもオートバイでこの落ちた橋区間を走破されたことは晴天の霹靂(へきれき)と言える出来事なのであった。その1年後に私が行ったときにはこのルートもかなり破壊されていたから、ここの自然環境はかなり厳しいものと言えよう。
へなりさん達が作られたらしいルート



しばらく行くと、崩落現場に木が茂ってしまった所にさしかかった。危なくはないが、どこを通ったら突破できるか考えながら進むのは結構楽しい〜♪
崩落現場(13:35) 崩落現場(13:35)



それからもしばらく路面は写真のような河原状態が続いた。ようやく路面が落ち着いてきて、かなり乗車率が高くなった頃、とうとう熊野側の最終地点に辿り着いた。ビニールシートで路肩決壊箇所を覆っている所だった。
まったく河原だね(ー_ー)(14:01) 熊野側最終地点(14:14)



通行止め地点を過ぎると、ぐっと道が良くなった。ダートでも快適にダウンヒル。そして今度は地図にも載ってる一等水準点が現れた。道も舗装になって文化の香りがしてくると、国道との合流点に帰着(^^ゞ
峠からは2時間、尾鷲側入り口から4時間の探検だった。
矢ノ川峠熊野側トレッキング成功\(^O^)/
一等水準点(14:22) 現国道合流点の看板(14:25)

この後、旧国道は小阪峠へ向かう