八鬼山峠(やきやまとうげ、三木峠 627m (2002.11.22) 地図

三重県尾鷲市向井−尾鷲市三木里
九木峠(くきとうげ)から進路を右にとり、八鬼山越え三木峠へ向かう。途中に荒神堂と荒神茶屋跡がある。昭和初期に畳むまでは饅頭が飛ぶように売れたといい、往来が頻繁だったようである。
            荒神堂

荒神堂から急な階段、クネクネの坂道を登っていくと、ようやく八鬼山越え三木峠へ到着した。峠というより山頂直下というような場所だ。東屋からは九鬼の海岸線が見えるし、茶屋跡もあって開けた感じである。

ここでオリジナルの江戸道と明治道が分岐する。尾鷲側の案内板には『江戸道は明治道の完成により荒廃した』とあったし、所要時間が江戸道1時間20分、明治道50分となっていたので自転車ということを考慮して明治道をセレクトした。

ああ、運命のダ・ダ・ダーン!
         三木峠 (13:00)

こうして選んだ明治道。道幅が狭いのと角切り石の石畳であるのを除けば乗れそうなシングルトラックである。傾斜もさほどきつくなく実際に何度か乗れた。

ところがだんだん道が荒れてきた。尾鷲側にはなかった落石、落ち葉が実に多い。河原の氾濫原状態になっている所も多く、道をロストしかけるところも多くなった。これは整備してないのか尾鷲の自然を無視したコースなのか?
   まだ状態のいいところ

ほうほうの態で江戸道との合流点まで下りてくる。江戸道にはあまりに急なので槍を担いで登ってもよい「槍かたげ」の急坂があるという。

江戸道は通ってないので比較できないが、江戸道が尾根道なのに対し、明治道は谷道である。谷道は雨水の影響を受けやすいので所詮この地には合わないルートだったのではないだろうか?
          左明治道、右江戸道

とにかく三木里側は総じて道が悪い。麓付近の石畳も路肩の雨水でえぐられ、路盤が陥没したり、土砂で埋まったり草むしたり酷い状態である。

そういえば下りてくる途中の立ち木に「熊野古道の世界遺産登録反対」だの「地元の意志を無視」「負担を押しつける」だのとペンキで何本も描いてあった。三木里の人たちにとって熊野古道はそんなに愛着がないのだろうか?整備されてないところを見るとそんなふうに感じてしまう。
         八鬼山越えを見る

出会う人や工事業者も人を無視しているような感じだった。もっともこちらもいささかムセッとしていたのであろう。海岸線まで出て休んでいると通りかかったおばちゃんが「こんにちは」と挨拶してくれた。やっと暗い気持ちが救われた。
       三木里海岸での標識 (14:50)