ホハレ峠 1 (1998.12.23、2007.4.7、2007.8.5) 地図

岐阜県揖斐川町坂内川上−揖斐川町(旧徳山村)門入(かどにゅう)
1998.12.23

岐阜県揖斐川町坂内川上と旧徳山村の門入との間にある峠である。

頬が腫れる(ホホがハレル)ほど急な峠という命名らしい。ダムに沈む旧徳山村から滋賀県方面に出る際、鳥越峠八草峠とセットで使われていたという。その珍妙な名前と、私の自転車の師匠が昭和40年代に当時のクラブ員たちと苦労して越えたと聞いたことからいつかは行きたいと思っていた。それに近江の峠に書かれていた記述にも惹かれていた。
大崩落地点

伏木貞三著「近江の峠」鳥越峠より抜粋修正

鳥越峠の麓、滋賀県長浜市草野町(旧浅井村高山草野)にある(った?)旅館高佐屋のおやじさんによると、昭和の初め頃、徳山村あたりから若い娘が3人5人と連れだって峠を越えてきた。大阪の紡績工場へ働きに行くのである。バスもない時代、大垣へ出るより長浜へ出た方が便利だったようだ。飛騨の野麦峠のような話が美濃にもあったのである。さぞ辛かっただろうと、その様子を聞くと
「ちがうちがう。喜んでましたよ。あの頃の広瀬や徳山の暮らしいうたらひどいもんらしかったらしいからな。白いごはん見て眼を輝かしてましたからな。それに汽車にも乗れる。いい着物を着られるで、みんな働きに出たらしいね。長浜まで親が送って来ましたな。盆に帰る時はいっぱい土産持ってな、暗いうちに峠越えをしていきましたよ。」


ホハレ峠から下りていく先にある西谷は揖斐川の大きな支流のひとつ、戸入川の谷である。揖斐川と戸入川は旧徳山村の中心地・本郷の北西1km地点で合流している。合流点までの河川流程は本流の20kmに対し、支流の戸入川は25kmあり、流量も同じくらいあって、どちらが本流とも定めがたい状況だった(徳山村史より)。
揖斐川と戸入川の合流点


この西谷にある門入(かどにゅう)や戸入(とにゅう)について詳述してみる。どちらの集落にも入の字が使ってある。これを字面から入り口の地、すなわち徳山の入り口と解釈してしまっては大間違いである。日本語は音読語が先にでき、後世に輸入した漢字などをあてて表記語にしたから「入」でなく「にゅう」の音から考えねばならないのである。

        旧徳山村の門入・戸入集落および本郷(開田)の地図。ホハレ峠からは黒谷を下りてくる



では、「にゅう」とはなんぞや?日本全国にある「にゅう」や「にう」地名は「丹生(にう)」すなわち「丹(アカ)い土」のことで朱や水銀を採った土地を表すという。弘法大師が全国を廻った(四国八十八ヶ所など)のも水銀発掘による収益を渡唐の根回しや布教のために使ったという説もある。

実際、門人にある八幡神社の鰐口(わにぐち)には「文明八年四月、美濃国門丹生」と丹生地名が明記されている。またこの集落近辺には、にゅう谷、にゅうえ、おにゅうやま、にゅうど、などと呼ぶ地名が残っていて、門入集落の入谷や茂津谷には、「コウモリ穴」とか「弘法穴」と呼ばれる水銀を掘った鉱山の跡もあるそうだ。そして「岐阜県の鉱物」という本にも「徳山水銀鉱山」が載っていて「入谷鉱床と茂津谷鉱床の2ヶ所から成り・・・」として産出する水銀鉱石の品位を分析した結果すらある。
八幡神社の鰐口



またホハレ峠の語源についても3つの説があるという。その一つは、重い板子を背負って峠を越える時、その重さで頬が腫れるというもの。もう一つは森本次男著「山・旅・人」に触れてあるもので「あえぎあえぎ登る急な坂道は(南北になっているため、朝どちらから登っても東側から太陽を受ける)、太陽の光りを片方の顔に受け、峠に着いた時分には日焼けで頬が腫れている。だから、ホハレ峠」というもの。三つ目の説は門人から峠に向かう途中で谷水を飲むと「頬が腫れる」という。なぜ、頬が腫れるかというと、この辺りには水銀の鉱脈があり、その毒が清水に溶け込んでいるため、これを飲むと甲状腺が腫れるからというものである(吉村朝之著、「源流をたずねて揖斐川編」より)。

水銀中毒で甲状腺が腫れる症状というのはハッキリしないが、ホハレ峠の名前まで水銀が関係しているかもしれないとは驚きであった。

1989年(昭和64年)、徳山ダム建設のため、徳山村は集団離村し廃村になり、門入側からの道はほとんど廃道化、峠付近も草むしているという。そのため初アタックは冬枯れの時季を選んで行った。

浅又川の谷を詰め、反対側の斜面を折り返した。けっこう坂も急で時間がかかる。しかし、もう少しで尾根の反対側へ回り込む直前で大崩落が発生していた。単身では行けるかもしれないが、自転車を担ぐリスクもあるし、滑落したら100mは落ちそうだ。それに鳥越峠ゲット後のトライであるため、時刻も押してきていた。諸々の条件を勘案の結果、撤退することにした(ToT)
大崩落地点


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