日暮峠(ひぐれとうげ)  245m (2008.4.18、2008.10.30) 地図 

島根県雲南市三刀屋町(みとやちょう)中野下谷(なかのしもたに)−須所(すそ)
島根県雲南市三刀屋町中野下谷と須所の間にある宍道尾道街道の峠である。出典は「定本・島根県の歴史街道」池橋達雄監修からである。

山陰と山陽の間で最も交通量が多い国道54号線。このルートの前身が宍道尾道街道だった。

しかし、下谷峠から下って中野下谷から日暮峠へ行く区間は県道176号・掛合大東線になっている。


宍道尾道街道(しんじおのみち)
宍道町−加茂−里方−三刀屋−多久和−下谷峠−中野−日暮峠−須所−掛合−頓原−赤名−赤名峠・・・・・尾道
中野下谷の交差点から右折し、日暮峠へ行く



中野川を渡って狭い峠道を行く。さほど時間もかからずに峠の鞍部が見えてきた。

中野川を渡って進む



峠には変わった石碑が2基と小さな石仏が1体立てられていた。この石碑は明治40年の33年供養接待と大正14年の50年供養接待を記念して建てたとある。須所宿・松田屋と末尾に彫られている。何かの行事としか思えないが、峠に置いても良いものだろうか?

須所側
中野下谷側



この違和感は、「定本・島根県の歴史街道」をひもといてみて何となくわかった。ジツは日暮峠にも下谷峠のように石仏群があるというのだ。

でも峠は車道が少し掘り下げられたくらいで不自然な感じはなかった。

何枚か写しておいた写真のなかにヒントがあった。峠の手前から斜めに登る道があったのだ。これは峠の民家に登る道に見えたので探索しなかったが、この上に石仏群があったのに違いない。いや、ひょっとすると、そこが旧峠だったかもしれない・・・
斜めに登る道



しかし後の祭りである。

雨の中、峠から下った須所の交差点では、次はどちらへ行くのかで頭の中は一杯で、そのまま行っちゃったからね(ー_ー)
須所の交差点



で、ここからがリベンジ編である。

秋にまた来てみると、峠の手前に石仏があった。目指す石仏群は右へ登る道だったな(^^;)
峠手前の石仏



右の道へ入ると、刈り入れをした稲が干してあった。道はダートのような舗装のような、よくわからない道だ。

右の道へ 稲が干してある



はたして稲干しの向こうに石仏群があった。「定本・島根県の歴史街道」によると六地蔵や六角の標柱に刻まれた地蔵、出雲巡礼札所の達成祈念碑などが並んでいるとある。ひととこにこれだけ並んでいるのは珍しいしナカナカ壮観だ。

日暮峠の石仏群



峠の民家は須所側にあった。民家の間の道は狭いけれど、その先へ確かにつながっている。下りだしてすぐに直角に曲がって現県道に合流する。その直角点に小さな地蔵がいた。

須所側の民家 直角点の地蔵
現県道の合流点



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