出雲の旅6 地図 (2003.5.17〜24) 更新 2003.5.29
コース
- 境港−島根半島−大山−亀嵩−二本松峠−帝釈峡−赤名峠−たたら製鉄−月山富田城
たたら製鉄
たたら製鉄といえば、ちょっと前に作られた映画「もののけ姫」が容易に頭に浮かぶ。私も風を送る「ふいご」がつきものくらいの知識しかないのだからミーハー度は五十歩百歩である。
このあたりを貫流し、宍道湖にそそぎ込む斐伊川は、流域に砂鉄を多く産し、平野部で何本も流路を分けて乱流した暴れ川であったため、川床に沈んだ砂鉄の色(黒いよ)から斐伊川を「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」になぞらえたという歴史的な地域認識は持っていなくてはならない。
そして須佐之男命(すさのおのみこと)に退治されたときにオロチの腹から出てきたのが草薙の剣(※)というのもこの辺りで刀剣が作られていたことを証明している。
※天皇家三種の神器のひとつ。出てきた当初は「天のむら雲の剣」といわれていたが、日本武尊東征時に尊が携行し、駿河の焼津の草原で火攻めに遭ったとき、周りの草を薙ぎ払って窮地を脱したためこの名前になったという。
・ さて赤名峠から下りてきて、また「砂の器」の亀嵩へ行こうとルートを考えてると、コレクションしたい峠群がある吉田村に「日本最古の和鉄製所跡」という見出しを発見した。そこで早速、吉田村の中心部へ入ると「鉄の歴史博物館」ちゅうのがあった。 鉄の歴史博物館
鉄の歴史博物館に入ると、たたら技術を後世に残すために製鉄界が技術的検証を兼ねて撮影したというビデオを見せてくれる。
ビデオは日本で最後に残った、たたら(溶鉱炉)を復元するところから始まった。たたらは湿気を極端に嫌うため、たたらの両側に造った副釜とでもいうような炉で炭を燃やして周りの土を乾燥させ、さらにたたらの土台に何度も炭や木を載せて焼き、長い棒で叩いてならしながら造っていくという気が遠くなるような作業だ。その後、土台の周りにまさ土を積み上げて本床(炉)が完成する。
そしてやっと製鉄作業に入る。それは村下(むらげ)と呼ばれる技術長や炭入れ、砂鉄入れ、ふいごの風を送る人々が4昼夜1セットで作り上げる凄まじい製法だった。たたらの火具合は火色によって調節する。炭の入れ具合、砂鉄の入れ具合などを村下が指示していくわけだ。しかしその火色を直視する目は何千度にも達する火に焼かれ、やがて視力をなくしていくという。それほど過酷な仕事だった。・ 撮影が行われた、菅谷のたたら建築
・ たたら製鉄には独特の言葉が多く、その中には現在使われている言い回しの語源になっているものがある。
ふいごを踏んで風を送る送り手のことを番子(ばんご)と言ったが、30分も踏むと疲れてしまうので代わる代わる行った。ここから「かわりばんこ」という言葉ができたという。
また炉をつくるとき炉の底にあたる所におく鉄板のことを「筋金(すじがね)」といい、ここから「筋金入り」というようになったのだな。
また炉へ風を送る穴が炉の下の方に開けてあるのだが、季節・気象・湿度などによって穴の開け方・角度を微妙に変えていくのがたたら師達の秘伝(口承伝承)とされている。この穴のことを「ホド」といった。そう、「程良い」のホドである。しかし、これは神話の世界でもあそこのことを「女陰(ほと)」と言っていたから、その転用かもしれない。筋金(すじがね)
久しぶりに知識欲が満たされて、ここの入場料500円は安かった。しかし皆さんには1000円出されることをお薦めする。何故ならこの後に行った菅谷のたたら建築へ入場するのにまた500円かかるのだ。そのほかにも吉田村には幾つかの資料館などがあるが1000円出すと、全てに入れるのだそうだ。
私はこんな優れもんとは知らんかったし、峠越えの時間がなくなると思って500円けちったばかりに、たたら建築の中に入り損なってしまった(T_T)
明日へ続く・ 菅谷の集落(正面の木の向こうに、たたら建築がある)