塩之入峠 (しおのり) 110m (2003.10.12) 地図

新潟県和島村根小屋−与板町塩之入
長岡付近の信濃川左岸には、西山連峰と呼ばれる丘陵地帯が広がっている。塩之入峠はこの西山連峰を横断する峠道だ。そしてこの峠は和島村島崎に住む歌人、良寛と与板町の松下庵に隠棲した弟・由之が互いに行き来した峠道であった。現在はトンネルであっという間に越えてしまうが、老齢の兄弟には困難な道のりだったらしい。
和島村側の旧道入口


入り口からすぐの所から山道が始まる。いきなりの階段である。看板には峠道の解説と良寛兄弟の歌が掲示してあった。

弟・由之の歌
「雪降れば 道さへ消ゆる 塩ねりの み坂つくりし 神ぞうらめし」
兄・良寛の歌
「塩のりの 坂もうらめし この度は 近きわたりを へだつとおもへは」

良寛和尚が和島村島崎の木村家に移ったのは文政9年69歳のとき。とはいうものの、これは大変な所に来たものだ。しかし今日は雨模様だし、先日買った山靴を試す良い機会でもある。
山道の登り口


案の定、足元は滑り、雨も時折落ちてくる楽しい?コンディションだ。これでも文政末年に藩公の配慮によって峠が改修されて、良寛兄弟も通いやすくなったのだという。
和島村側の登り


そんな杉木立の山道を登ると、12分程で峠に着いた。峠には木のベンチが2つと塩之入峠茶屋跡があった。田舎の峠に茶屋など作って成り立ったのだろうか?・・・その謎は最後に解けた。
塩之入峠茶屋跡



峠を辞して、与板側へ降りる。こちらは階段が付けられて、せっかくの興が醒める。さらに途中から道が林道状になったりして、MTB的には面白いが、歴史の散歩道としては×だ。
与板側登り口



車道まで出て、トンネルまで戻ってみる。トンネルの手前左側に良寛の歌碑があった。文政末年の峠改修に対する喜びの長歌の碑である。
与板側トンネル



この峠、和島の人は「シオノイリ」、与板の人は「シオネリ」とか「シオノリ」と呼んでいるそうだ。その由来は、峠の下の方から塩分の入った水が湧き出ていたからとか、弘法大師が杖で噴出させたとか・・・でもそんな清水?は見あたらない。

ここは江戸時代に江戸と佐渡を結ぶ三国街道が通っていたルートらしい。伊能忠敬の「大日本沿海輿地(よち)全図」の「大図」の写しからも、長岡から先の三国街道が与板を通り、終点は寺泊であることを裏付けているという。『越後・佐渡の峠を歩く』の羽賀一蔵氏は本の中で、佐渡と江戸を結ぶ三国街道が内陸部に塩を運ぶ「塩の道」だったことは容易に考えられるし、そうであれば与板の塩入集落は塩の集散地ではないか?と推論している。峠の茶屋も大街道だったがゆえに商売になったのであろう。
長歌の碑