佐谷峠(さだにとうげ) 540m (2023.11.9) 地図 2.5万図

鳥取県鳥取市鹿野町(しかのちょう)河内(こうち)-三朝町(みささちょう)俵原 (たわら
鳥取県鳥取市鹿野町河内と三朝町俵原の間にある県道21号鳥取鹿野倉吉線にある峠。

鳥取市内から鳥取自動車道や国道373号線が通る千代川の谷の山郷駅付近から県道7号線に入った。そしてアプローチの長い2車線道の県道21号線で河内川の谷を遡った。

県道21号線で河内川の谷を遡る  


これから山間に入っていくらしく、大雨警報時通行止めの予告が出ている。途中の樫木橋(かしのきばし)がジャッキアップして工事中のため、片側交互通行にしてあった。

大雨警報時通行止めの予告  
樫木橋、片側交互通行


さらに登って行くと峠近くの急傾斜を登るためにループ橋が作られていた。

道幅は広い
ループ橋


そのループ橋を渡ったところに佐谷駐車場があった。阿屋のある駐車場で、大した展望ではないものの、展望が開けた駐車場である。

佐谷駐車場
佐谷駐車場


その駐車場を出て少し登ったところが峠だった。峠には当時の鳥取県知事、石破二郎氏が揮毫した『因幡 佐谷峠開通之碑』が設置してあった。

(鳥取市鹿野町側より) (三朝側より)
因幡 佐谷峠開通之碑 (鳥取市鹿野町側より)
(鳥取市鹿野町側より) (三朝側より)


峠から少し下った所が俵原。そこに分岐があり、俵原牧場へ行く道がある。下の写真の電波塔があるところから滑石峠への道が分岐している。地図を見ると標高差もなく簡単に行けそうなので入ってみた。道の先から鹿の死骸を一輪車で運んでくる男性とすれ違った。そこで峠までの道の状況を聞いてみた。草木が生い茂って酷い状態とのこと。試しに少し進んでみたが足元がグチャグチャなので諦めた。

ところで峠への分岐の手前の看板に『俵藤太伝説』という看板が立てられていた。俵藤太秀郷(たわらのとうたひでさと)の名前は知っているが、一般的には平将門を討伐した人という扱いだと思う。また伝説では滋賀県の三上山(近江富士)の大百足退治の話を知っている。その俵藤太秀郷がここに住み着いて、俵原集落の祖となったというのは面白いけれど、漢字から妄想を逞しくした庶民の希望のようなものだろうと思った。

俵原の分岐
滑石峠への道 鹿の死骸
 
 前方に滑石峠への分岐あり  


佐谷峠の下り道はヘアピンカーブも多くスリリングだった。谷筋まで降り、三徳川に沿って下る。途中で掛け造りの国宝投入堂の駐車場や大きな鳥居が出てきた。オーバーハングした岩壁の中に投げ入れて作られたような。「日本一危険な国宝」との異名を取っている。平日の朝なのに多くの観光客で賑わっていた。

県道を下る ヘアピンカーブ
三徳川沿いに下る 投入堂駐車場
 



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