足柄峠 759m (2003.1.18) 地図
・ 足柄峠は箱根外輪山から派生した尾根上に位置し、古くから官道として防人や旅人の往来が盛んであった。
竹之下の足柄駅付近に車を置き、アプローチ開始。JR御殿場線の踏切を越えたところに分岐がある。石碑や案内標柱が設置してあり、まっすぐ行くと「足柄新道」右へ行くと「足柄古道」と書いてある。まっすぐの道が地蔵堂川沿いの徒歩道と書いてある。地図で見てもそちらの方が緩そうだったし、古道は帰りに選択すればいいので新道を選択した。長尾峠への分岐点
建武2年(1335年)に竹之下に陣を敷く後醍醐天皇側軍と足柄峠に陣取る足利尊氏との間で竹之下の合戦が行われた。地蔵堂川沿いの新道にある、ここ「戦ヶ入り」は最初に両軍が激突した場所だったという。 ・ 戦ヶ入り
・ 川沿いにそこそこの勾配を登っていくと分岐した古道(県道)に出くわした。古道といってもこちらの方が舗装された大きな道である。ちなみに今までの道は「林道、戦返り線(せんがえり)」というのだそうだ(~_~) 古道と合流
舗装された古道?を登っていくと、足柄古道の標柱が出てきた。赤坂古道である。入り口には石畳と馬頭観音がある。また舗装道に合流するみたいだが、騙されたと思って辿ってみた。 ・ 足柄古道
・ 歴史があるといってもやはり単なる山道という感じである。道は尾根上を通っているため、昔は富士山がよく見えたのだそうだが、たとえ見えたとしても曇っているので今回は無理だろう。 足柄古道
| ほうほうの態で県道へ出るが、古道はまたもや山に入る。細い笹藪の中を峠へ向かって登り詰めていく。 もういちど県道に出るとまもなく六地蔵である。新旧あるが、やはり昔のものの方がいい。 |
・ | ![]() |
![]() |
| またもや山道 | 六地蔵 |
・ 峠には足柄城跡があって、峠の切り通しの上に城の橋が架かっている。
城跡に登って西を見るとうっすらと富士山の輪郭が見える。しかし西にある富士山を見るなら午前中に来なければダメなところだ。足柄峠と城跡
峠から東に少し下ると足柄峠と「あずまはや」の標柱が建っている。
日本武尊(やまとたける)東征時、三浦半島から上総へ海路を辿ったときに平穏な海が突如、怒濤さかまく荒海に変わってしまった。そのとき同行の弟橘媛(おとたちばなひめ)が荒れ狂う波間に身を投じて海神の怒りをなだめ、海を静めたたという。任務を終えた日本武尊が帰路、関東との境、ここ足柄峠の頂きに立ち、弟橘媛を想い出して「吾妻はや(わが妻よ)」と嘆き悲しんだ。
・ 「あずまはや」の標柱
・ 「あずまはや」の標柱のそばには足柄の関、伝承の地がある。黒沢明監督の映画「乱」で使われた城門のセットが移築されている。 足柄の関跡
| 時間も押してきたので竹之下へ戻った。 下りは川沿いではなく、県道(古道)を通った。全部舗装であるが、竹之下一里塚などあって、歴史を感じさせる。 |
・ | ![]() |
![]() |
| 竹之下一里塚 | 足柄古道 |
・ 麓の竹之下では馬喰坂なる立て札が立っていた。このあたりに馬や牛のことに詳しく、売買周旋などを業とする商人が住んでいたという。 馬喰坂(ばくろうざか)