夜叉ヶ池に魅入られて

    
(2004.6.19)   更新 2004.6.21  地図
夜叉ヶ池
岐阜県揖斐郡坂内村と福井県南条郡今庄町との県境、標高1、100mの山上にある夜叉ヶ池は、山上という抜群のロケーションもさることながら、古くから龍神伝説(注)が伝えられている。その伝承から生まれた夜叉龍神社と神事、そして泉鏡花の戯曲『夜叉ヶ池』。そして、ここにしかいない固有種、ヤシャゲンゴロウなど、話題には事欠かない。

今回は高校の同期同窓生による「山の会」での訪問だ。会では前にも来ているが、今回隊長以外リピーターはいない。そんな我々に
夜叉ヶ池の魔物は容赦なく襲いかかったのだ。
CAST
不屈の隊長、今村君
環境にやさしい高間さん
夜叉姫になりかけた片山さん
片山さんの旦那さん
某社社長、宗吉君
私ことナワ〜ルド@峠おやじ
(注)龍神伝説

弘仁8年(817年)は、大旱魃の年のこと、美濃国平野庄(現神戸町)でも、農民の生活は悲惨なものだった。郡司安八太夫安次は、枯れ果てた田畑を見回っていた時、道端の草むらに一匹の小蛇を見つけ、藁にもすがる思いで
「小蛇よ、お前が雨を降らせてくれたなら私の愛しい娘をやろう」
と語りかけた。するとその夜、雨雲が巻きおこり、大豪雨が田畑をよみがえらた。
それとひきかえに、約束どおり安次の次女夜叉姫が小蛇(龍神)の化身である若者の妻となり、山また山を越えた山頂の池(夜叉ヶ池)に身を沈め、幽界の神として鎮まることになった。


先々週、雨でお流れになった夜叉ヶ池行き、天気が崩れる前に行こうと当初予定の20日から1日早めて19日に変更となった。

当日は瑞穂市の穂積駅に集合。お仲間の車2台に分乗し、登り口に向かう。平野部では細かい雨が降っていたので、どうなることやらという気持ちで車を走らせる。坂内村に入ってから池の又谷を詰める。谷川沿いの狭い車道はクネクネ、ドキドキ。キャンちゃんで来なくて正解だった。10:00に登山口駐車場(750m地点)に到着した。
登山口(750m地点、10:12


登山道は池の又谷を眼下に、ゆったりと山腹をトラバースしていく。水量豊かな支谷を横切るたびにアップダウンがある。でもよく踏みしめられていて気持ちがいい道だ。勾配がゆるいから隊員もおしゃべりに花が咲く。
「鳥の鳴き声がわかるといいね。ウグイスぐらいはわかるけど」
なんて・・・
支谷を横切り、崖を登る(10:19)


気が付くと、周りはブナ林になっている。越中のブナオ峠・京都の八丁平など1000m近い山々にはブナが多い。今でこそ世界遺産・白神山地のブナ林などともてはやされてるけれど、昔は使うところが無い木という意味で木編に無の漢字が宛てられたほどだ。
ブナを眺めながら休憩(11:13)



その辺りから話は植生に移っていく。ちょうど目前に白い花が咲いていた。
「これ何という花?」「ヤマボウシだと思うよ」
とか、蛾とも蝶ともつかぬ昆虫が葉っぱにとまっているので
「これ何?」「ギフチョウ?」「違うでしょ!」「山○君がいたらすぐわかるのに」
など、楽しい会話が続く。自然が豊かな証拠だ。
ヤマボウシ 蛾?蝶?


行程の1/2を過ぎた辺りで「幽玄の瀧」が現れた。何でも夜叉姫が池に入水する前にここで身を清めたとか・・・伝説の世界も目前かな(~_~)

滝で撮影、滝の上の方でも記念撮影し、さあ、出発というところで、夜叉ヶ池の魔物は突然姿を現した。
幽玄の瀧(11:18)



「あっ、靴が!」傍目にも夫婦仲のおよろしい片山さんだ。
みんな振り返って足元を見る。何と靴から靴底がはがれ、泣き別れ状態になっている。
こういうのは接着剤で貼り付けてあるため、寿命であるらしいが、よりによってここでそれが起こるとは!!
靴の修理も手がける某社の社長さんでも、この山中では何ともならない(--;)
私も自転車靴の泣き別れ状態は過去のオフで経験しており、針金で応急処置はしたものの
今回は自転車ではないので針金も持ってない(ー_ー)

突然動けなくなったこの状況は・・・落語「兵庫船」でフカに魅入られた巡礼の娘みたいだ。
夜叉ヶ池の魔物に魅入られた片山さん。哀れ夜叉姫のように生け贄になってしまうのか???

そのとき隊長、慌てず騒がず
ヒモ、ヒモ。こんなときのために持ってるんや」
で、靴と靴底を器用に縛って、何とか歩けるようにしてしまった。


靴と靴底の泣き別れ(11:40)
今村隊長、修理中


ヒモで縛ったとはいえ、応急処置の悲しさ、何度も何度もヒモは外れ、そのたびに止まるものだから、我々の歩みはかの国会のごとく牛歩・・・ではないものの、程良い休憩サイクルになっていた(^^ゞ しかし、そのたびにヒモで縛り直される片山さん、皆ににされておましたな・・・やっぱ生け贄やわ(^^;)

幽玄の瀧を過ぎると道は険悪さを増してきた。山には岩峰、道にも急な岩場が現れるようになった。そこには鎖の代わりにヒモが垂らしてあった。鎖場ならぬヒモ場ポイントである。高所恐怖症という高間さん、わあわあ言いながら登る。足元不安な片山さんも何とか登っていく。
ヒモ場?(12:05)



岩場を抜ける辺りから周りはお花畑の様相を呈してくる。ニッコウキスゲやアザミなどが色とりどりに咲き誇っている。それにしてもここは高山や高層湿原のように木が育たない環境なんだろうか?厳しい所なんだね。
ゼンテイカ(ニッコウキスゲの一種)(12:08) お花畑?



夜叉ヶ池 お花畑をすぎると夜叉ヶ池はすぐそこである。
木の間越しに見える神秘の池はお昼時で多くの人が集っていた。
夜叉ヶ池(12:11)



池の畔には夜叉姫を祀った夜叉龍神社があり、紅やら白粉やらを捧げる神事があるらしい。
夜叉龍神社 池畔にて記念撮影(12:17)



時間もお昼どき、昼飯のポイントを探して池の周りをうろつくと、何やら泡のようなものが木にぶら下がっている。モリアオガエルの卵だ。それにイモリ、中でも小さかったのが、ここ夜叉ヶ池でしか見られない固有種、ヤシャゲンゴロウだ。


イモリ


ヤシャゲンゴロウ
モリアオガエルの卵



ようやく、池畔に場所を確保して、昼飯だ!我が山の会の隊長・今村君、昼飯時は張り切る。恒例の鮎の薫製を作るためだ。でもその前に「乾杯」。大きなリュックからはビール缶が5本も出てきた(゚o゚)・・・ご苦労さまで〜す。それでは、

「かんぱ〜い!」
乾杯



今村君がいつものようにガスバーナーを出して鮎を焼き、みんなでおいしく食べていると、監視員の腕章をした人がとんできた。
「ガスの使用は禁止です。ヤシャゲンゴロウに影響します」「火気厳禁と池の入り口にある立て看板にも書いてあります」
ということで二匹目の鮎は食べられなかった。また鮎を手づかみした手を池で洗ったことも合わせて注意された。

思わぬところから不意打ちを喰らった隊長、
「俺は昼にラーメンを持ってきたのに、食べられないじゃないか」
「焚き火をするわけじゃなし、山でガスバーナーがなかったら飢え死にするやつが出てくるぞ。」
いつまでもドブつくこと、ドブつくこと!自然志向を任じているつもりなのに不本意このうえないようだ。
「池に手をつけてもいけないなんて、ちょっと厳しすぎないか」
「あの人、どういう人?NPO?ボランティア?」
などと昼飯をとりながら反論が飛び交っていたのは否定しない(^^ゞ
昼飯





自然へローインパクトなのは(リサイクルではなく)リユースが持論の高間さん、帰りがけに例の監視員さんに声を掛けた。
「何で水温を測ってるのですか?」
すると思いのほか熱心に答えてくれた。林野庁、近畿中国森林管理局の方(MKさんとだけ教えてくださいました)とは、そこで30分ほどお話をした。

「火気使用は、直火と思われがちですが、国有林内での火災防止のためです。そしてそれ以上にヤシャゲンゴロウの保護のためです。ヤシャゲンゴロウは世界中でこの夜叉が池にしか生息しない固有種です。生物学的にはトキと同じ絶滅危惧種第1類で、いついなくなっても不思議ではないのです。去年ヤシャゲンゴロウの生態調査が行われ、その結果は八年前に比べて半減してました。

夜叉ヶ池は流れ込む沢も流れ出る川もない独立した世界です。飛ぶところを確認されてないヤシャゲンゴロウにとって、この閉ざされた固有の生態系が全てなのです。ヤシャゲンゴロウにとって、たくさんいるイモリは幼虫を食べる天敵です。ところが、ヤシャゲンゴロウの幼虫が孵化する頃、モリアオガエルの卵がかえり、おたまじゃくしがいっぱい生まれます。イモリはヤシャゲンゴロウの幼虫よりおたまじゃくしのほうが好物なので、ヤシャゲンゴロウの幼虫は全部食べられずに生き延びます。そして成虫になったヤシャゲンゴロウが今度は弱ったイモリを食べます。この閉ざされた夜叉が池からヤシャゲンゴロウが移り住むことは考えられないのです。

微妙なバランスで保たれている棲息環境は、ちょっとしたインパクトで崩れてしまいます。最近登山者が増え、池の成分に塩分が観測されるようになりました。その大きな原因のひとつにラーメンの汁があります。バーナーでお湯を沸かし、ラーメンを作り、残した汁を池の近くに捨て、コッヘルを池の水で洗うことで池が汚染されます。やむを得ず注意をするのですが、中にはそれを快く思わない人がいて、林野庁のホームページの掲示板に投稿されたりします。

また夜叉ヶ池の周りは国有林ですが、伝説があるように、池のほとりには神社があり、龍神が祭られています。雨乞い神事の際に盛り塩が盛られ、三宝に載せた供物を池に放ちます。それが原因で塩分汚染が広がります。流された三宝を回収すると神社側から『お供え物だから回収しないでくれ』というクレームが入るので困っています。」
MKさんにいただいたパンフレット



まだ納得いかない様子の隊長、
「環境を守りたいなら、林道を舗装したり駐車場を整備しなけりゃいい。アスファルトをはがして、駐車場をなくしたら誰も登りたがらなくなる。僕はそれでも登るけどね」
これは私も推奨する。アクセスを簡単にすればするほど、人は有り難がらなくなるし、いい加減な接し方しかしなくなる。

でもMKさんは
「今は林野庁の管轄ですが、ヤシャゲンゴロウが特別保護の指定を受け、環境省の管轄になるとこのあたりは立ち入り禁止か、有料のガイド無しには入れなくなるでしょう。我々はそうではなく、皆さんに来て頂く中で環境保護を考えていきたいのです。そのためには少しずつ規制をさせていただくしかないのです。今年秋までに木道を造る予定です。雪解けの増水期に道が歩けなくて、登山者がヤシャゲンゴロウの幼虫が潜んでいる辺りを歩いてしまうからです。また入り口付近の崖土が池に流入しないようにするためです」
そういいながらMKさんは池の向こうで手を洗っている親子連れを見つけ、ピピーッと笛を吹き、
「池で手を洗わなーい!」
凄い大声でした。そして
「本当はこんなことはしたくないんですが。今日はいろいろご理解いただきましてありがとうございます」
と言いながら親子連れを注意しに行かれた。
高間さんが聞いてくれたおかげでいい勉強ができた。夜叉ヶ池へ行ったことで、トキレベルのお話が聞けるとは思いもしなかった。




三周ヶ岳もすぐ近くのようだが、大して景色は変わらないらしく、パスすることにした。この辺が隊長以外軟弱者の集まりである我々隊員の弱点だろうな。そうそう、生け贄を免れかけている夜叉姫?片山さんのこともあったからね(~_~)
外壁から見下ろす夜叉ヶ池



さあ、帰ろう、夜叉龍様に祟られないうちに・・・

しかし、既に魅入られてしまった片山さんは何度なく足止めを喰らった。そのたびに旦那さん、献身的に結び直してあげている。う〜ん、えらいもんだね。
「片山さん、幸せでしょ!」
やっかみ半分で思わず突っ込みを入れてしまったけど、それがいけなかったのかなあ?
夫婦善哉?



今度は夜叉龍様、何を血迷ったのか、今度は旦那さんの足に喰らいついた。
「ありゃ!」
片山さんと同じ症状だね。10年前同時に買ったのだそうだから、同時に逝かれるのも無理はないけどねえ・・・ほんと仲いいよねえ。
旦那さんも魅入られた?



そんなこんなで、休みまくって、駐車場まで下りてきた。しかし正直帰りの後半はきつかった。劇下り部分で滑らないよう脚を使い切っちゃったからね。雨が降らなくて良かったけれど、最後はむし暑くてまいった。

でも夜叉龍様に魅入られた片山ご夫妻も無事帰投できたし、雨模様だったのが一転晴れたし、我々は心がけの良い善男善女だったのかもしれない。良かった良かった。でも日曜日を予定していて行けなかった隊員の皆さん、ごめんなさいね。また山へ遊びに行きましょう。
無事帰投



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