津井越(津井峠) 128m (2011.5.26)  地図 2.5万図

大分県津久見市福良(ふくら)佐伯市津井浦
大分県津久見市福良佐伯市津井浦 の間にある国道217号線の旧道峠である。

津久見市側からアクセス。旧道分岐点がハッキリわからなかったので福良にある日代駅(ひじろえき)前?の信号交差点から入り、日豊本線のガードが見える四つ辻を左折して旧道に入った。旧道に入ると、道はすぐ先ほどの国道トンネル上へと登りだした。
日代駅へ行く交差点を右折
日豊本線のガードを見て左折 旧道はすぐ登りにかかった



登りだしてすぐ、石碑や墓石があった。日露戦没記念碑などだった。そして「ふりむけばヨコハマ〜♪」ではなく、日代駅のある福良の町が見えた。国道217号線の日見隧道も見えたし、足元にも小さなトンネルがあるのだ。

国登りだしてすぐにあるのが 日露戦没記念碑など
ふりむけば福良の町 国道217号線の日見隧道



そのまま行くと写真のような分岐点が現れた。拡大写真を見ると、もっとわからなくなるが、左の下っていく道が網代の町へ行く道で、右が津井峠、すなわち目指す津井越に行く峠道である。

左が網代の町へ行く道、右が旧道の峠道 拡大写真



そのまま登っていくと網代の町を見下ろすポイントに来た。網代の町より海岸線を走る国道と日豊本線に目が行った。撮影をしているうちに日豊本線に列車がやってきた。やや斜め上方から撮れるし、ここは鉄道撮影の絶景ポイントだ!三脚とか立ててお目当ての列車を撮影したら、きっと格好いい写真が撮れるに違いない。

津井越の峠道から見た網代
津井越の峠道から見た日豊本線
津井越の峠道から見た日豊本線
日豊本線にやってきた列車



日豊本線が見えるポイントから90度ほど方向が変わった地点に来ると、網代島が見えてきた。反対側に突き出た岬をはさんだ海が静かでのどかな眺めだった。さらに登るとNTT日代交換局があった。この辺り、旧道といっても2車線道である。

網代島が見えるポイント NTT日代交換局
2車線道



2車線道といえども1988年にトンネル化されたため20年以上経って道はそれなりに廃になっている。峠手前の小道との交差点を過ぎると、いよいよ峠である。

それなりに廃な峠道 峠手前の小道との交差点



峠には九州電力四浦配電塔と書かれた設備があった。設備の横に昔の市町村境の「津久見市」と「上浦町」の看板が置いてあった。かつて取り付けられていたポールは折れ曲がり20cmくらいを残してブチ切れていた。

津井峠(津久見側から) 九州電力四浦配電塔
宇「津久見市」と「上浦町」の看板 津井峠(佐伯市側から)


峠道を下る。佐伯市上浦側は植生の浸食が激しく、道も1車線分しかない。それでもところどころ展望が開けていて、津井浦と日豊本線の大カーブが俯瞰できる。横には津井雨量観測局(いわゆるアメダス)が設けてあった。

1車線分しかない峠道 津井浦と日豊本線の大カーブが俯瞰できる
津井浦の展望
津井浦の展望
津井雨量観測局



どんどん下る。あいかわらず植生の浸食が激しかったり、元々であるのか1車線道が続いた。

植生の浸食が盛ん 1車線道が続く



麓付近に峠道にありがちな嫌悪施設・火葬場があった。「上浦町営火葬場」である。平成4年(1992年)4月とある。上浦町は2005年に合併して佐伯市になったわけだが、当時の人口は2500人程度だったそうだ。その程度の規模でこの火葬場は豪華すぎる気がするのは私だけだろうか?

そのまま峠道を下る。佐伯湾に向かってダイブするようだ。横に目を振ると上から見えた日豊本線が走っている。ここも良い撮影ポイントである。そして峠道は最後に津井トンネルの横に出た。

上浦町営火葬場 佐伯湾に向かってダイブ(゚o゚)
横に目を振ると日豊本線 津井トンネルの横に出た



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