田口峠 1175m (2007.10.14) 地図

長野県佐久市田口−群馬県南牧村羽沢
長野県佐久市田口と群馬県南牧村羽沢の間にある県道93号・下仁田臼田線のトンネル峠である。

内山峠をゲットしたあと、星尾峠の麓で土砂崩れ現場に阻まれて一度佐久市の中心部へ戻り、田口峠へ行くべく臼田方面へ向かった。臼田から田口峠方面に進むと、龍岡城の前を通ることになる。

ここは日本に二つしかない洋風五角形の城。そう、函館五稜郭と同じ形の城である。できたのは1867年幕末の頃。城主は三河奥殿の松平氏。三河に四千石、信濃一万二千石には陣屋を置いていたのが、11代藩主の乗謨(のりかた)のとき、三河の本領が手狭なのと領地の大部分が、佐久にあることから信濃に本拠を移すことを幕府に願い出て、築城したものである。
龍岡城



今年の3月に行った愛知県豊田市の松平郷(根引峠参照)が松平宗家発祥の地であるのだが、そこから出た徳川宗家の分家のひとつが大給(おおぎゅう)松平家である。分家当初三河の荻生(おぎゅう)に住んだことから、大給松平と称した。乗元の五代後の家乗が美濃の岩村に2万石を得て、徳川幕藩としてスタート、移封を重ねて三河奥殿(西尾)を領してから、ここ佐久に移って維新を迎えたわけだ。

そんな龍岡城はお堀と太鼓橋に面影を残すのみで、外から見てもお城らしいところは全くなく、いまは田口小学校の校地になっている。

太鼓橋と正門あたり 田口小学校



龍岡城を辞し、雨川沿いに谷を遡る。大型車全面通行止の標識が現れる。この谷も台風にやられたのだろうか?少し行くと川縁がえぐられて路肩が崩落している。それでも岩場を流れる滝みたいな川筋が大変美しい谷である。

全面通行止の標識 路肩崩落



ドンドン登っていくと、トンネルに行き着く。ここが峠である。トンネル上に旧峠がないか見ても登り口が見つからない。トンネルを潜ったところに峠の標柱が立ててあった。西御荷鉾山(にしみかぼやま)など群馬県側のギザギザっとした山が見えた。

田口峠のトンネル
田口峠(上信国境)
田口峠



峠の標柱で記念撮影をしていたらバリバリのロードレーサー乗りが上州側から登ってきた。ヒョイと挨拶だけしてサッサと下っていった。

この辺りはだいたいそうなのだが、信州側と上州側とでは峠からの景色や道が違う。信州側は高原状でなだらかだが、上州側は険しく急傾斜の峠道である。そこをスイスイ登ってきたから、かのローディは大したものである。
上州側の峠道

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